この世にはたくさんの人がいる。
歌が上手な人、正義感が強い人、罪を犯した人。
私がアルバイトしている喫茶店、「ガーデン」でも沢山のお客様を見かける。
高校生、子連れ、本を読んでいる人、コーヒーを飲んでいる人。
なぜ私がそんなことを思い出しているかというと、目の前にいわゆる「迷惑客」がいるからだ。
「おい、聞いてるのか?トーストが焦げてるんだよ!癌になったらどうする!」
見た目から、50代後半の男性に怒鳴られる。怒鳴られるのは慣れている。
「申し訳ございません。すぐ新しいのをお持ちしますね。」
それだけ伝え、厨房で焦げ目がつかない程度にトーストして持っていくと、満足したのか、それ以上何も言わずに食べ始める。一件落着だろうか。
「空ちゃん、上がっていいよ。」
そう声をかけてくれたのは、店主の翠木さんだ。とても優しくおじいちゃんみたいな存在。
「ありがとうございます」
エプロンを脱ぎ、制服を整える。スマホを忘れていないことを確認し、店を出た。
19時43分、微妙な時間だ。なんとなく家に帰りたくないので、図書館で閉館まで勉強する。
その後ファミレスで何とかやり過ごし、23時30分になった。さすがに帰らないとまずいと思い、重い体をあげて会計を済ます。
深夜に出歩いている人は少なく、過ぎ去っていく車の音と自分の足音が妙に大きく響く。
スマホを開き、写真フォルダを開いてみた。幸せな記憶ばかり残っている写真の中に、友人と2人でピースしている写真を見つけた。もう過去のことだ、と思い削除しようとするが、なかなかしづらい。
写真は無視してイヤホンで音楽に浸る。推しの歌声と軽やかな音楽が綺麗にマッチしていて大好きなだ。
ふと、空を見上げる。美しい三日月が光る夜に、また苦しかった日々が甦る気がし、眉間に皺が寄る。
空から何かが降ってきそう、そう思った途端、電柱に真っ白の鴉が止まった。
「うわっ、不気味…。」誰もいないのにそう呟くと、早足で家に帰る路地を歩いていく。
「あぁ、空に登って新しい人生を歩みたい。もうこんな人生飽きた…。」柄にもないことを考えていると、
とてつもない衝動と痛みが身体中を巡った。汚い音、焼けるような痛み。浮遊感に襲われ、頭がクラクラする。弾いたトラックから、シルクハットを被った何者かが降りてくる。意識が朦朧としながらも、脳裏に焼き付けるように見つめる。手には生ぬるい血がべっとりついている。
「あれぇ?これでおしまい?」
シルクハットの者はあざ笑いながらこちらを見つめる。なにも言い返せず、涙を流すことしかできない自分が憎かった。涙が、無力な自分への憎しみと共に冷えていく。来世は幸せになれることを願って、そう心で願った途端、意識が途切れた。
6月14日23時47分。
そこで、1人の少女の短かった人生は、無力のほどに幕を降りたのだった。
公開 最終更新: 2026-10-23 07:46:11 AM